石巻市旅行記—3.11の記憶

2019年3月8日

最寄り駅のホームから

06:40 バスタ新宿(高速バス)
12:13 仙台駅前

今回は、高速バスの旅。

新宿を出発したバスは、一路仙台を目指します。

花粉が猛威を振るっていますが、空気は澄んでいたようです。

羽生サービスエリア(埼玉県)の手前まで、富士山が見えました。

雪がちらついて速度規制があったらしく、予定より20分遅れで仙台駅前に到着。

そのため、仙台に着くといきなりのダッシュ。

12:17発の仙石東北ライン快速には間に合わず、12:21発の仙石線石巻行に飛び乗りました。

仙石線ホームはとんでもない地下にあり、エスカレーターを駆け下って・・・間一髪、間に合ったが、危なかった。

仙石線は、塩釜や松島など海岸沿いを通る路線です。

3月の穏やかな空が広がっていました。

12:21 仙台(JR仙石線)
13:47 石巻

今回は、3.11の記憶をたどる旅。

レンタサイクルを借りて、自転車でまわることにしました。

海街ライド

自転車を受け取り、石巻市街を出発したのが、14:10頃。

大川小学校に着いたのは、15:30頃。

案外早く着きました。

私は、テレビの震災報道はなんとなく避けてきました。

しかし3年ほど前、ネットの情報で大川小学校のことを知り、気にかかっていました。

旅行の直前に大川小学校に関する本も読み、予習してきました。

グーグルマップで、目的地や経路を事前に見ておきました。

そのため、初めて見る大川小学校に、意外なものはないだろうと思っていました。

実際ザっと見た限りでは、印象的なものはなく、本やネットの情報どおりでした。

しかし、校庭の片隅にカラフルな塀のようなものがありました。

近づいてみると、過去の卒業生が卒業制作として残した絵画でした。

これに言及したネット情報もあるとは思いますが、私には初見でした。

雨ニモマケズ…

世界が全体で…

言葉の意味はおぼろげでしたが、帰ってから自分なりに理解しました。

表面的には分からないものや、他の人が見過ごす風景に、現地では出会うことがあります。

やはり、来て良かったです。

 

レンタサイクルで借りたクロスバイクには、初めて乗りました。

そのため一日目は、自転車と石巻の道に慣れることを主眼に置きました。

石巻市街から大川小学校までの道は平坦で、走りやすかったです。

しかし土砂を運ぶダンプカーがひっきりなしに往来するため、精神的に疲れました。

また、乗りなれない自転車のため、膝の辺りが痛みはじめました。腿を引き上げる筋肉が痛い。

石巻市街に戻る途中で上品山じょうぼんさんにヒルクライムする予定でしたが、きつかったので中腹で諦めました。

16:30頃 大川小学校 (自転車)
18:30頃 石巻市街

石巻 泊。

2019年3月9日

5:30 石巻市街(自転車)
7:00頃 新北上大橋を通過

大川小学校の近くの新北上大橋までは昨日のルートと同じです。

ここから橋を渡り、北上川北岸へ。

神割崎がある戸倉半島を回り込むようにして、南三陸町に入るのが今日の予定です。

石巻市街から大川小学校まで1時間半で来れるなら、

大川小学校から南三陸までは、2時間位で行ける距離のはず・・・でした。

・・・甘かったです(笑)。

実際は3時間以上かかりました。

大川小学校までは、交通量は多いものの平坦な道。

大川小学校から先、とくに、北上川河口を超えて初めてのトンネル辺りからアップダウンが多くなりました。

大川小学校~南三陸間はアップダウンが7ケ所ぐらいありました。

道の起伏はグーグルマップではつかみにくく、想定外でした。

というのも、海沿いの道なので平坦な道だろうと高をくくっていたからです。

ただ、起伏よりも足の痛みの影響が大きかったと思います。

変速機能に優れた自転車なので、足の痛みさえなければ快適な道だったろうと思います。

足の限界を感じつつ、なんとか南三陸に入りました。

この看板を見たときは、うれしかった。

海沿いの、展望が開けた箇所もありました。

きつい登りでは歩いたりしながら、だましだまし市街地(志津川)までやってきました。

被害の大きかった沿岸の町、南三陸町。

これほど海岸に近いのに、津波に耐えた建物が高野会館です。

高野会館にも津波到達点の印がありました(中央付近の青い表示)。

3階の天井まで津波は押し寄せて、327人が屋上に上がって難を逃れました。

327人を救った建物。

しっかりした建物を造れば、津波から人間を守ることができるという素晴らしい見本です。

3.11の記憶として、これは残してほしいと思いました。

高野会館は、自治体ではなく所有者の㈱阿部長商店が震災遺構として保存しています。

あと南三陸では、最後まで町民に避難を呼びかけて犠牲となった職員の逸話から、南三陸町防災対策庁舎も有名になりました。

南三陸町防災対策庁舎は、自治体が震災遺構として保存しています。

10:50頃 南三陸町
12:00頃 神割崎

神割崎

12:20頃 神割崎
14:00頃 釣石神社

釣石神社

丸い岩が、宙に浮いたように張り付いています。

「落ちない」ので、受験生がお参りに来るそうです。

下の巨岩の周りに、たくさんの絵馬がかかってました。

 

釣石神社からは、やはり新北上大橋を渡って帰ってきました。

大川小学校を過ぎたあたり、かつての集落は今は公園になって、ちょうど桜の植樹祭の準備をしていました。

針岡間垣さくら広場

大川地区との別れのきわに、新たな希望と出会いました。

 

14:20頃 釣石神社
16:30頃 石巻市街

やっと、市街地に戻ってこれました。

自転車を漕ぐ足が限界だったので、本当にうれしかったです(笑)。

レンタサイクルを返し、石ノ森萬画館とハリストス教会聖堂がある中瀬公園へ。

石ノ森萬画館
旧石巻ハリストス教会聖堂

萬画館も教会も大きな被害を受けましたが、見事に修復されていました。

…が、

萬画館は…自分的には失敗でした(泣)。

というのは、順路に従って見た「シージェッター海斗」の映画が意外に長く、結果的に17:53の列車に乗り遅れてしまったから。

地方のダイヤは、一本逃すと予定がダダ崩れになることがあります。

帰りのバスまで、無為に時間を過ごすことに。。

18:59 石巻(仙石東北ライン快速)
19:56 仙台
23:30 仙台駅前(夜行高速バス)
5:15 バスタ新宿
~帰宅

夜行バスで帰ると、夢の中から戻ったような感覚が混じります。

自転車を漕ぐと、やはり膝が痛く、夢ではなかったと実感しました。

心を癒やす旅。

 

↓下の動画は、2019年の旅行で撮った写真を 、 音楽にのせてまとめた写真集です。